全労協/ 追悼●前田裕晤さん(元全労協副議長) / 新聞 2019年9月号

全労協追悼●前田裕晤さん(元全労協副議長) / 新聞 2019年9月号

 

 

追悼●前田裕晤さん(元全労協副議長)

みんなに愛された前田さん

電気通信産業労働組合 大内 忠雄


 一九八五年の大阪電通合同労組結成を受け四国電通合同労組と電通労組で組織した電通労組全国協議会の発足から議長であった前田裕晤さんが、六月二十八日亡くなりました。

 

 初めて前田さんと会ったのは大阪集会で、前から大阪中電の伊藤さんや木村さんから聞いていた事もあり「あ、この人が前田さんか」と妙に納得した事を覚えています。

 

 その後の「労働情報」「全国労組連」「全労協結成」から今日までの活躍は、ご承知の通りです。

 

 三里塚空港阻止闘争や反合理化闘争をめぐる権力、電電公社からの攻撃と、全電通の統制処分の中で、私たちは全電通から決別、八〇年に電通労組を結成した。その際は、組合活動や資本・権力からの組織防衛など多岐に渡って前田さん始め、三菱長船の西村さん、東京東部労組の足立さんら全国から指導支援して頂きました。また、電通労組はもとより全国で奮闘してきた加藤滋さんを突然亡くした際も、NTTリストラの際も前田さんを先頭に全国の皆さんに助けて頂きました。

 

今でも電話が
来そうな気が

 

 芦屋市奥池で開催される電通労組全国協議会総会での定例化した「前田講話」。電通労組定期大会に参加し大会論議が白熱すると「ちょっとええか」と討論に入り込む前田さん。宿泊の部屋割では、必す私と一緒の「いびき部屋」で深夜二時過ぎまで話しこむ前田さん。宮城に来れば、加藤さん、今野求さんらの墓参を欠かさない前田さん。左派政治・政治戦線の話になれば真剣で、交流範囲、情報収集の深さに加え、政治的確信を持ち自ら行動する前田さん。それにも拘らず皆に愛された前田さん。

 

 昨年六月、地方全労協交流会の際、鉄産労の亀谷さんと芦屋の自宅に伺ったのが最後です、時々は電話も有り、大阪の平出くんからの連絡も有り安心していたのですか。今でも「前田やけど、あんな」と突然、電話が来そうな気がしています。安らかに、合掌。